四国は愛媛県と高知県だけの時代があった。滋賀県には海があった。

きょう成立した選挙区に関する法律では
合区される県が存在する。
まずは徳島県高知県
1876年明治9年8月21日3府35県時代においては現在二つの県に別れているが「高知県」として一体であった。なおこの時代四国には愛媛県高知県しかなかった。

鳥取県島根県も「島根県」として二つの県は同一県であった。この二つの合区の県は
同一の行政区域であったのである意味合理的であるとも言える。

なお、北陸3県石川、富山、福井も福井県若狭地域が滋賀県に含まれていたほかは「石川県」として同一県であった。この時代の「石川県」は日本で一番の人口を擁していた。

九州では佐賀県長崎県は「長崎県」であった。宮崎県と鹿児島県は「鹿児島県」であった。

近畿では奈良県は存在せず、大阪府と堺県に分割されていた。